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2007年2月22日 (木)

シン

以前の記事にも書いたことがありますが、私はシンに対してはイマイチ興味がわかなくて深く考えてみようという気にならないのですよね。(ごめんよ~。)

なので、今回も何となく思った事をチョッと書いてみるって程度デス。

以前、他所様のブログで、

アスランが

「思い出せ、シン! お前は本当は何が欲しかったんだ!!」

とシンに言っているけど、アスランはシンに何を思い出して欲しいのか、ちっともわからなかった。

と仰っているのを読ませていただいた。

これを読んで、
そうよね~、うんうん。と思った私。

それは『戻らない時間』、だったそうで・・・・。

へ~、そうなの??と思った。

あぁ、だから

「もう、お前も、過去にとらわれるのはやめろ!!」なんだ。ナルホドね。

そう思っていたらば、

何気に本屋で眺めていた

沢山の平積みになっている文庫本。その中の、ある本の表紙に書いてある文字が目に飛び込んできた。

ゆるすということ
       
もう過去にはとらわれない

えっ??なに??
じゃあ、「もう、お前も、過去にとらわれるのはやめろ!」=許しなさい

ということだったの?

お~、そうなのかっっ!!

え~っと、つまり、憎しみ、悲しみの連鎖に囚われずにそれを受け止め、乗り越えなきゃ。過去を見て生きるのではなく明日を見なきゃ。そのために許しなさいって事なのか?

訳の分からんセリフの一つがやっと解読できたような気がする。とりあえず良かった。

ああ、そして、ステラの「あしたネ。」と、キラとの握手へとつながって行く訳ね。



考えてみれば、シンって一般的な人、視聴者代表ですよね。

こういう事って戦争だけではなく、例えば事件・事故などで子供や家族を亡くして、その悲しみ、苦しみに囚われ、自分を責めたり、他の物のせいにする事でかろうじて自分を保つことが出来ている人って現実に沢山いるのですよね。その人にとって時はそこで止まってしまっていて、自分自身もそこで止まってしまっているのでしょうね。

だから、アスランは、許して乗り越えて、明日を見ろと。
(そのアスランに許すことを教えたのはカガリだよね)

今やってる某局の大河ドラマでも
「恨みでは、この武田は討てぬぞ。恨みを捨て、大望を抱け。」と言っていたし。

う~ん、『変わっていける明日』。やっぱりキーワードだな。

シンの主人公としての成長を楽しみにしていた視聴者としては、あのまま突っ走ってしまったのには正直がっかりだったし、変なとばっちりが鈴村さんに行ってしまったりもして・・・かわいそうだった。シンに対してもモヤモヤとして消化不良だったなあ。

でも、シンはキラの対極にいる人物。シンのような目の前で家族を亡くした被災者にとってはそれがとても難しいことだと。「もう、こんなことは終わりにしなきゃ。」と言っているキラ。その一方で、悲しみ、憎しみの連鎖を断ち切ることの困難さをシン通して表現したかったんでしょうね。そして、それが私たちの普通の姿だと。そういう意味では確かに一般人代表の主人公だったのかもしれませんねぇ。

余談

それでね。web記事少し見てみていたら、こんなものがあって

SEED終了後の両澤さんのインタ記事より

ラストのトリィの象徴したものとは何でしょうか。

トリィは私の中では「戻れない時間」なんです。

キラとアスランはまた友達同士になれる可能性はありますが、でも絶対過去のあの時間には戻れないんです。友人として関係が戻った様に思えても、二人の中ではもう殺し合ったと言う記憶と時間は消えない。トリィは“友情の証”とも言われますが、私の中ではちょっと違う。キラはナチュラルの中にいるわけですが、そこに必ずトリィがいることで、アスランと二人で過ごしたあの時間は今も君の中に確かにあるんだよ、というか。そういう意味合いでした。

わ~、トリィも『戻れない時間』だったの?では、シンにとっては携帯が?

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コメント

 トリィと携帯の差はアスランが生者なのに対してマユは死者であることでしょう。つまり、トリィが戻れぬ過去の象徴であったとしても、未来に何かを築くことが出来ますが、マユに関して言えば何も出来ない。
 シンの場合、ある種アナキン・スカイウォーカーに似ています。アナキンも自分の力で全てを守りたかったはず、でもパルパティーンの言葉に乗っていたら、全てを自分の手で壊してしまった。最後には愛するパドメ・アミダラさえ。まあ、シンにとってのパルパティーンは間違えなくギルでしょう。
 何度か、レイがシンをそれは弱さだと諭していたことがありましたけど、私の好きな作品であるスクラップドプリンセスに面白い台詞があります。
「本当に強い人間とは、弱さを切り捨てた者ではなく、それを認めた向こうに強さを築いた者」

投稿: G.O.R.N | 2007年2月22日 (木) 08時47分

G.O.R.N さん
こんにちは。
このところお返事滞っててすいません。

>トリィと携帯の差はアスランが生者なのに対してマユは死者であることでしょう。

あぁ、言われてみればそうですね。
すでにそこからキラとシンの対比が始まる訳ですね。

キラは、守れなかった物も確かにあるけれど、守れたものも沢山あるんですよね。何より身近な大事な人はみんな(トオルとフレイ以外)生きてるんですから。

シンをアナキンに重ねてみている方は、当時から多かったように思います。
私も、途中からはどこまで行っちゃうんだ~と思ってみてましたから。

>それは弱さだ

最初に聞いたときから、結構引っかかってた言葉です。「そうなのか?」って。

確かに「議長の戦う人形」には不要なものなのでしょうけど、シンにとっては必要な感情だったし、もっと早く気づいて欲しかった。
でも、また、このレイの言葉で、向き合うことなく切り捨ててしまうのですよね。

>「本当に強い人間とは、弱さを切り捨てた者ではなく、それを認めた向こうに強さを築いた者」

自分の弱い部分に目をそらして逃げているうちは何も出来ない、何も変わらないんですよね。向き合って認めて初めて先に進める、強くなれる。

いい言葉ですね。ありがとうございます。

投稿: カノン | 2007年2月24日 (土) 09時06分

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