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2007年5月 6日 (日)

天の女神と地の女神

スペエディⅣの視聴後、テンションが上がらなかったために書きかけては放置、書きかけては放置していた記事をなんとか形にしました。(今、何月だよ。。。/大汗)

カガリとラクスについて、現在なんとなく思ってることを。でも、私が書くことなので、著しくカガリに偏ってます。



DESTINY本編を見ていた当時、そしてその後しばらくは、私の頭の中はとにかく「アスカガ」だった。『ぶっちゃけ、最後にアスカガが幸せならば、本編の結末がどうなろうとどうでも良かった』と仰っているサイトさんがいらしたのだけど、多分私も同じようなものだったと思う。

物語序盤、いや空白の2年間からずっと、一生懸命頑張って来たのに、力がないことを嘆き、望むことが出来ずに苦しんでいたアスランとカガリ。そして段々と辛くなっていく展開。
後半は、意を決したキラとラクスが神様状態で最強カップルと呼ばれ、石田さんも「このシリーズ、キラがいなくちゃダメだなーと思いました。」と仰ったりして。。。(泣)
心の中でアスカガに『君たち、ホント不憫だねー』と、あの当時はそんな風に思ったりしたものだった。

だから、ラクスのことまで深く考えたことが無かったし、考えてみようという気にもならなかったというのが正直なところ。

DESTINYの物語中で一番成長したのは誰かという問いに、掲示板等ではアスランもカガリも名前が挙がっていたし、私もそう思っていた。

それなのに、この結末の違いはなに?キララクとアスカガ、いったい何が違うからこうなっちゃうんだろうと、この二組のカップルの違いについてあれこれと考えてみたりもした。

ある時、某アスカガサイト様のラクスの今後についての意見を拝見して、そのとき初めてラクスについても考える機会をもった。

そして、キラとラクスも(いや、キラは前作か)アスカガとはまるっきり正反対の課題を与えられていて、彼らも「SEED、DESTINY」を通じて成長したんだなぁと思った。

SEEDのとき、ムゥさんからなげかけられた言葉
『君は出来るだけの力を持っているだろう。なら、出来ることをやれよ。』  
に苦悩し、そして向き合ったキラ。
ラクスにもそれと同じことが突きつけられていたんだなぁーと。

そして、スペエディⅣの視聴後は、アスカガだけでなくキラの今後について考えてみたり、議長やラクス、デスティニープランについても振り返ってみたり、他の方たちの色んな感想や意見を拝見したりした。と言うのも、アスカガの今後を考えた時に、この二人だけを見ていても、どうなるのかが分からないなあと思ったから。

ラクスは仕事も恋も両方手に入れられて、なんでカガリは諦めなきゃいけないの?いったい何が違うの?こういうご意見を何度も拝見したし、アスカガスキーの誰もが思うことだろうと思う。じゃあ、監督夫妻はアスカガにどういう役割を持たせようとしたのか、彼らの位置づけとは?と考えた時に、アスカガの二人だけでなく、もっと広く他のキャラの事も見てみなくちゃダメなのかなと思った。見てみたところで、分からないままな気もするし、劇場版でまた大きく予想外な設定になっていたりしたら結局意味が無いんだけれど(笑)、どうせ時間はたっぷりあるんだし、萌え不足なんだからちょうどいいかなと思ったわけなのだよね。

キラとアスランの違いも考えなくちゃいけないんだろうけど、根本は、ラクスとカガリなのかな、そう思った。

で、考えてみた。

監督が以前言っていた「天の女神と地の女神」。その自分なりのイメージを。

(しかし、こういうものは少々まとまりがなくても、一気に書き上げてしまうべきですね。数回に分けて消したり付け加えたりしながら書いたので、ますます纏まらなくなってしまいました。漠然としてまだ固まっていない部分も多々あったりして、今の時点で思っていることをただただ羅列。話があちこち飛んで分かりにくいかもしれませんがご容赦願います。)

天の女神、ラクス
聡明で、広い視野とカリスマ性を持つ。人々より一段高いところにいて、そこから下を見下ろし、言葉(又は歌)で人々を見守り導く。

だから 議長に対抗できるのはラクスだけ。ラクスの隣に並び、同じ位置にいることが出来るのはスーパーコーディネイターであるキラだけ。この二人は、『思いだけでも、力だけでもダメなのです』の「思い」と「力」なのだと思う。だから二人で1セット、という感じがする。

ラクスは、望まなくとも出来てしまう人。そして、その能力を人々から必要とされる人。平凡で静かな暮らしを望みつつも、やりたいこととやらなければならないことが違う人。

ラクスの心情に寄り添ってみれば、「あなたは出来るんだから、やらなくちゃ。あなたがやらないからこうなっちゃたのよ。」と、ミーアの死を突きつけられたのでは、かわいそうだし、辛いよね。しかし、そう感じさせないのがラクス様。

杉田智和さんが某声優雑誌で言っていたのだけれど
「カリスマとは、苦難があってもその苦しみを感じさせない人のことだと思う」と。
うん。まさにDESTINYのラクス(とキラ)はそういう人だったと思う。
デュランダル議長と対極の位置にあるキャラとしては、そういう描き方をするしかなかったのかもしれない。でも、そういう人の気持ちには共感しにくいかな。だから、私はラクスには興味が湧かないんだと思う。もし、私が十代だったならば、ラクスに憧れたのだろうか。

地の女神、カガリ
自ら一段下に降りて行き、みんなと同じ位置に立つ。そして、汚れても傷ついても自ら率先して人々の先頭に立ち、行動とその姿で人々を勇気づけ導く。具体的に他のものを連想するとしたら、ドラクロアの『民衆を率いる自由の女神』、ベルサイユのバラのオスカル、そんな感じかな。

ラクスの言葉は、難しくて何を言ってるのかすぐには分からない。でも、カガリの言葉はストレートに胸に響く。それは、彼女自身が体験を通して体で学んだこと、そして彼女自身が行きついた答えや思いを心の底から言葉にしているからなのではないのだろうか。

「でも、それじゃあ、願って、望んで、がんばることには、なんの意味もないと言うのか!?」

スペエディⅣで付け加えられていたこのカガリの言葉は、迷って悩んで傷ついてあがいて、そしてその結果見つけ出した答えと思いを議長とデスティニープランに対してぶつける地の女神としてのカガリの言葉なのだと思う。

ラクスに比べたら今のカガリは為政者としてはまだまだ未熟なのだろう。でも、視野が広くて自然と周りや先が見えてしまう、そして上から下を見下ろし優しく見守るのが「天の女神」ラクスなら、ふまれても汚れても、もうダメだと思っても再び立ち上がり成長する力強さ、生命力を持つのが「地の女神」カガリなのかな、と思う。最初からは出来ないけれど経験によって成長していく。そして、それと同時に周りや下からも支えられ、それを自らのエネルギーにして「地の女神」としての力を発揮していくのがカガリなのかなと。それを表すセリフが「みんな、私に力を!」なのだろう。

ラクスには出来てカガリには出来ないのではなく、描かれ方の違い、役割の違いなのではないだろうか。カガリにとっても、カガリファンにとってもDESTINYは試練のお話で辛かったけれど、アスランと同様に、踏まれても傷ついても諦めずに立ち上がり成長するカガリの姿、生き様を描きたかったのかなぁと、今は何となくそう思える。

DESTINYはデュランダル議長とデスティニープランを中心において、成長物語・人間ドラマ担当のアスカガ、水戸黄門のごとく静観しつつも最後を〆る勧善懲悪担当のキララク、そんな感じだろうか。

たとえファイナルプラスのハグが無くなっていようとも「アスカガは大丈夫だ」と私が思えるのは、アスラン視点で見ているからだけではなく、DESTINYで経験した試練はカガリにとって必要な試練だったと思っているから。そして、この試練を乗り越えることによって恋も仕事も手に入れることの出来るカガリに近づけるのであれば、それでもいいじゃないかと思えるようになったから。カガリは強い子だよ。きっと、大丈夫。胸を張ってそう言えるから。

カガリは私の中では太陽のイメージ、オーブのMSは日本の神話から名前をとったものが多いし、カガリはきっと太陽神・天照大御神だよね。でも太陽は天にあるもので、天にあるのはラクスだから(でもラクスは太陽って感じじゃないな。)、『地にあってみんなを照らすもの=かがり火』ということになるのだろうか。

辞書を引いてみた。篝火とは「夜中にまわりをあかるくする為にたく火」

カガリの周りには光(灯り)を求めて沢山の人が集まる。「篝守(かがりもり)」というのがあるらしい。詳しく調べられてはいないんだけど、きっと篝火が消えることの無いように番をする人の事だろう。アスランは「篝守」だと思う。アスランにとって、カガリ火は大切な光であるけれど、それと同じように他の人々にとっても大切なものだということを知っている。だから、独り占めにしようとは思わない。(DESTINY後のアスランはそう思えるようになったと思う。)篝火が人々の為にまわりを明るく照らし続けることが出来るよう、火が消えないように、力強く燃え続ける事ができるようにと力を尽くすのが篝守であるアスラン。

だから、今は監督が言っていた「恋人というよりは戦友」という言葉も、以前よりは分かるようになった気がする。

アスカガは背中合わせの関係だというのが一般的な意見だと思う。でも私の場合、DESTINY終了後の二人は、隣に並んでしっかり同じものを見ているという感じがする。お互いの背中を守っているというよりはアスランがカガリの後ろを守っている、もしくは二人並んでいる。そして、二人とも目線はしっかりと前を見つめている。(キラとラクスはお互いを見つめ合ってるという感じかな。)

アスランがぴったりと寄り添っているのか、それとも少しはなれた位置で見守っているのか、その距離感がどの程度のものなのか。それは、劇場版を見て確かめなくては、と思っている。

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アスカガ」カテゴリの記事

コメント

 私は、ちと福田氏とは違った考えを持っています。ラクスが一番怖いのは自分自身ではないかと考えるが故です。そして、こう考えると、ヤキンの会戦の終結後、ラクスが隠遁状態にあったことを無理なく説明できるのです。いうまでも無く、ラクスは優秀です。天が二物も三物も与えたと思われます。しかし、裏を返せば、ラクスは自分自身が暴走する危険性を誰にも増して忌避しているのではないかと思います。それ故、ラクスにはストッパーとしてのパートナーをどうしても必要とするのではないかと。
 対するに、カガリは戦略家としては才幹において、ラクスに明らかに見劣りします。裏を返せば、自分が暴走する危険性についてラクスほど自分自身に危惧を持たなくてもよいと考えます。ラクスはその本質において、ややカオティックで自らの正義を法的正当性よりもやや重視する嫌いがあります。これは、自らがまったく望まない婚儀を一旦はOKしたカガリとは正反対です。その意味においてカガリはややローフルよりです。裏を返せば、その分だけパートナーに依拠しなくても自分を御せるのだと思います。そして、能力的に見劣りすると思われているし、思っているので間違えば誰かが正してくれると思っていられると考えます。
 つまり、ラクスはその高い能力ゆえに自分が安心するためにパートナーを必要とし、カガリは彼女自身にとって能力が高すぎないゆえに現段階において、必ずしもパートナーを必要としないのではないかと考えます。また、ローフルよりですからパートナーが決まっていないことによるメリットもある程度認識していると思います。事にこういう為政者にとって婚姻は自らの意思だけではどうにもならない面がありますからね。そういう意味において、ラクスはプラントのシステムに守られている面があります。
 というのも、オーブは政治形態として一種の君主制ですから、為政者のパートナーはプライベートに留まらず公的な意味も持ちます。対して、プラントは明らかに共和制ですから為政者のパートナーは単にプライベートなだけです。もちろん、現実的には感情的な問題からプライベートとパブリックの切り分けは難しいですが、コーディネイターは極力基本的に理性的に考えられるように調整されているとあるので、今の社会よりも切り分けはしやすいでしょう。

投稿: G.O.R.N | 2007年5月 7日 (月) 21時35分

カノンさん、こんばんわ。

素敵な記事をありがとうございます。

ラクスとカガリを為政者として比較している記事を私も何度か目にしたことがありますし、カガリは為政者としてラクスに比べると未熟だという記事が比較的多かったと記憶しています。でも、本来、あの二人は全くの別者で、ラクスにはラクスにしか出来ないやり方が、カガリにはカガリにしか出来ないやり方があるのだと思います。ラクスとて、そのカリスマ性でここまで来たけれど、政治はそれだけじゃ成り立たないから、彼女の試練もこれからなのでしょう。
カガリは、一足先にその洗礼を受け、本編終了間際でやっと自分の足で立ち自分の政治を行う為の第一歩を踏み出ました。そうなる過程での弱さや不安定さを本編で見せられたから、カガリは為政者としてはどうなの?という意見も出てきたのだと思います。確かに、カリスマ性というある意味見る側の主観がその多くを構成するラクスと比較すると、カガリには足りないものを多く感じるかもしれませんが、本編終了時点でやっと二人が同じ土俵に上がったのですから、本当の意味で比較すべきはこれからだと思います。
これから、彼女達にかかる試練は半端なものじゃないでしょう。現実社会に置き換えれば愛だの恋だのと言っている場合ではない・・・というのはわかるんですけど、何しろアニメですし、おまけにアスカガフィルターがかかってますので、それでもカガリはアスランに手を伸ばしてほしいと思ってしまうんですよね。


>この二人は、『思いだけでも、力だけでもダメなのです』の「思い」と「力」なのだと思う。だから二人で1セット、という感じがする

この一文に、とても納得しました。キラとラクスが「見つめあっている存在」というのにも。キラには何故ラクスが必要なのか?と考えたとき、どこか納得できない部分が自分の中であったのですが、カノンさんのこの一文を読んでそれが見事に解消できました。それに、この二人の関係が『依存』に見えてしまう理由も。見つめあっている関係ならば、そう見えてもおかしくないんでしょうね。でも、「思い」と「力」ならば、まるで磁石のように互いを引き合うものであり、それは依存ではなく、もともと対であることが自然なことなのでしょう。
・・・とはいえ、人目をはばからずのイチャイチャは勘弁してほしいですけど(笑)。見てるこっちが恥ずかしいので。
ただ、これって諸刃の剣のような気もします。もし、キラが、寿命や病気、事故などではなく、不当な理由で命を落とした場合、ラクスはそのバランスを失い、壊れてしまうような気がします。狂気さえも、自らの力の一部として使ってしまう、そんな危うさを秘めているような気がします。まあ、キラは主人公ですから、多分そんなことはないと思いますけど。

アスランの場合、カガリを失って壊れて・・・というパターンの話をよく見かけますが、私は、少なくとも運命終了時点でのアスランを見る限りでは、それは無いような気がします。むしろ、カガリの意思を継いで、それこそ身を粉にして世界の為に尽くして人知れずどこかで息を引き取る、そんな感じがしています。カガリが悲しむことはしない、できない。カガリから貰った言葉は、アスランを一生縛っていくものでしょうから。

アスランとカガリは、この先何年たってもその関係は大きくは変わらない気がします。いつでも、少し距離を置いてアスランがカガリを見守るような感じで。カガリの可能性を誰よりも認めてそれを大事にしているアスランだから、カガリという存在を自分の腕の中に閉じ込めおくつもりなど毛頭ないでしょう。でも互いに、その心と体の一番深い部分で繋がっていることを信じているのだと思います。だから、互いに寄り添っていなくても、並んで歩かなくても、背中合わせだろうがなんだろうか、互いの立ち位置にはこだわらないと、同じ夢を持ち同じ未来に向かって歩いていければと。ただ願わくば傍で守りたい、少なくとも本編終了時点でのアスランはそこまで吹っ切れていたような気がします。カガリは、やっと歩き出したばかりですから、きっとこれからなんです。でも、切欠さえあれば、自分からアスランに手を伸ばすだけの勇気を身につけてくれるものだと思います。
とはいえ、結構独占欲が強そうなザラさんですから、やきもちを焼いて悶々とすることも多そうですけど(笑)。

劇場版で、彼らがどんな描かれ方をするのか、正直なところ不安8割、期待2割といったところです。限られた時間しかないので、アスカガに関しては曖昧のままで終わるか、それとも途中過程をすべてすっ飛ばして既に結婚してたりとか。お気楽頭の私は、破局に関しては一切考えてないんですけど、万が一アスカガが絡むシーンが一つも無かったら・・・暴れるかもしれません。

いろいろ悩んで、書いて、書き直して、にも関わらず、言いたいことの半分も書けてないような、長くて意味不明な文章ですみません。

投稿: きりこ | 2007年5月 9日 (水) 22時27分

はじめまして、こんんばんは

ラクスとカガリの比較が面白かったので、少々意見を述べさせて下さい。
「天の女神と地の女神」で私が真っ先に思い浮かんだのが、ターンAのキエル(天の意味)とディアナ(太女神、ネミの森の女神のディアナ)です。
監督もキエルとディアナを意識しての発言ではないかと思うんですが、丁度ラクスとカガリの関係と合うんです。
キエル、ラクス・・・有能でプライドが高く、上から見守る人。頭を下げることができない人でもある。
ディアナ、カガリ・・・慈愛が深く、自分の位置を下げて、人の中にはいっていく人。平気で頭を下げられる人。
アニメは綺麗にまとめてあったんですが、小説の方はかなりドロドロした心理が描かれていて、その中でキエルは親衛隊長のハリーに、「貴方が愛してくれさえすれば、世界を救うことだってできるのに」と言ってるんですね。
ラクスもそうでしょう。キラが愛してくれれば救世主になれるんです。
ラクスというのは月にある湖のことですが、湖面は鏡であり、光を当ててもらって輝ける、自ら輝くことのできないものです。
故に、ラクスは自ら慈愛を産み出す人ではなく、キラに愛をもらいそれを反射させて、他の人に愛を向けられる人だと考えられます。(キラの前はお父さんに愛をもらってたんでしょう)
自ら慈愛を生み出し、他者に向けられる火のカガリとは異なり、ラクスが仁をもった指導者になるには、キラが必要不可欠なわけです。

仮に、キラがなしでラクスがトップに立った場合どうなるかというと、デュランダル議長と同類になると思われます。
理と力に走り、情を切り捨てた冷たい政治をすることになるでしょう。
政治は人間相手のことですから、議長のように合理性ばかりを追求して、情を切り捨てれば、民衆は反感を持つわけです。
極端に言えば、ラクス単体で政治をやってもらっても迷惑ということです。

次に、政治家としての二人の能力は、方向性が異なるものであり、比較しようがないものであると思われます。
歴史というのは、まあ起承転結の繰り返しとも言えます。そして、それぞれの時期によって、必要とされる指導者の性質も異なります。
ラクスのように、強力なカリスマを持ち色んな情報を分析して動くような人は、土台がしっかりできた安定期にこそ本来ふさわしいと考えられます。
既存のレールの上を、強力なカリスマでもって民衆を率い、長期の発展を作り出せるでしょう。
逆にワンマン人であり、既存の情報に縛られがちなので、過渡期での新しい土台作りは向いてませんね。
一方で、情報分析をして行動しないカガリは新しいことができるし、人に頭を下げて意見や助力を請いながら、土台を作るのが向いてると思われます。
ただし、カガリでは安定しないでしょうね。
故に、カガリがトップに立つべきなのは、過渡期のわずかな間だけだと考えられます。
理想なのは、カガリの後をラクスが継ぐという形じゃないかと思われます。

さて、運命が終わった後の状況はというと、丁度過渡期でしょうね。
故に、カガリには向いてる時期であり、ラクスには不向きな時期であると考えられます。
それが、SE4のラストの明のカガリと暗のラクスの対比につながっているのではないかと考えています。
おそらく、劇場版ではラクスは相当苦労するのではないでしょうか。
逆にカガリの方はあっさり退いて(こういう動のタイプは状況が静に向かうと邪魔者扱いで殺されたり追放されたりすることも多いですけど)、どこかでいい人と家庭をもってパン屋をやるかもしれません。

投稿: XYZ | 2007年5月10日 (木) 04時06分

カノンさん、はじめまして。
刹那と申します。
いつもこっそり覗かせていただいてました。

キララクとアスカガの違いってなんだろう、とちょうど考えていたので、ラクスとカガリの違いから考えるカノンさんの考察、楽しく読ませていただきました。

福田監督が言った天の女神、地の女神の双方のイメージもカノンさんの見解で、とてもわかりやすくとらえることができました。

>ラクスには出来てカガリには出来ないのではなく、描かれ方の違い、役割の違いなのではないだろうか~

とカノンさんも仰っていましたが、客観的な視点のラクスそれに対して主観的な視点のカガリという位置づけの元にそれぞれのキャラの成長する姿(DESITNYでは特にアスラン・カガリ) を描きたかったんだな、と記事を読んで改めて気づきました。アスラン・カガリにばかり現実的な問題を次々突きつけてるように感じられたのは、ようするにそういうことなんだな、と。

政治的な手腕については、ラクスはラクス、カガリはカガリ、置かれるTOPの立場も違いますし、状況も異なるので、一概に比較できそうなものではないと思いますが、それでもラクスらしい政治の仕方、カガリらしい政治の仕方、そういうものを明確に映画では表現してくれたらいいな、と思っています。

>アスカガは背中合わせの関係だというのが一般的な意見だと思う。でも私の場合、DESTINY終了後の二人は、隣に並んでしっかり同じものを見ているという感じがする。お互いの背中を守っているというよりはアスランがカガリの後ろを守っている、もしくは二人並んでいる。そして、二人とも目線はしっかりと前を見つめている。(キラとラクスはお互いを見つめ合ってるという感じかな。)

私は、一般的な通り、アスカガは背中合わせの関係だな、むしろ背中合わせでなければアスカガの関係って厳しいだろうな、と考えていました。DESTINY序盤、見つめ合ったことによってすれ違った2人が、DESTINY終了後、紆余曲折を経て、別の道を選んだ2人をみて、特にそういう風に感じていました。
見つめる先が違っても魂はつながっている、そんな感じなのかな、と。なので、カノンさんの見解を見て、新しいアスカガだ~、ととても新鮮に感じました。

キラとラクスはお互いを見つめている、という表現は激しく同意です。
私も、ちょうどカップリングの立ち位置のようなものを、アスカガとディアイザは背中合わせで、イザアスとシンルナは隣り合わせで、向かい合わせはキララクしかいないだろう、と考えてました。
本来ノマカプって向かい合わせが基本だと思うのですが、そう思わないというかそう感じられないところがアスカガの魅力なのかな、とも勝手に考えてました。

ですが、上記コメントできりこさんが「でも互いに~」仰っているように、立ち位置に拘らないで、アスカガは一緒に生く人たちですよね。とりあえず、アスカガの2人は共に手を取り合って生きていけるものだと私は信じています。( きりこさん、勝手に引用してしまい、申し訳ありません)

劇場版はどのように描かれるか不安ですが、アスカガ描かれる場合はきっと、2人で頑張ってる姿に違いないと思っています。
初めてのコメントなのに、超文申し訳ありません。

カノンさん、楽しい記事、ありがとうございました。

投稿: 刹那 | 2007年5月11日 (金) 00時46分

カノン様、はじめまして。
椎名美久と申します。
以前からブログ、興味深く拝見させていただいておりました。
いつもニュートラルな視点での考察に脱帽しております。


ラクスとカガリ、キラとアスラン、キララクとアスカガ。
ことごとく対照的で、でもどちらかだけでは物語に偏りが生じてしまう絶妙なバランスで共存している4人(2カップル)ですよね。


確かにラクスの心情に寄り添えば「ラクス様ラクス様」と望まれてしまうことは可哀相だとは思うものの、でも出来る人が事態を憂いながら何もしないのは無責任なような気も私はしていて、ちょっとそこは難しいところだな、と。
カノン様の指摘どおり『君は出来るだけの力を持っているだろう。なら、出来ることをやれよ』から、ラクスは結果的に逃げていたわけで、思っているだけでは何も変わらないということを思い知り、覚悟を決めたのが運命でのラクスのような気がします。
その思い知るきっかけが人の死(ミーアの死)であったのはとても辛いことではありますが。
しかしそういう望まれる自分と、出来る(出来てしまう)自分と、そして本来ありたい自分とに折り合いつけながら生きていくしかないのがラクスのような気もしています。
それはアスランもカガリもキラも同じなのですが。


キララクとアスカガはお互いに恋愛対象である以外にも、自分の生き方に絶妙に添える相手なんじゃないかと最近思っています。
キララクはカノン様が仰るように「『思いだけでも、力だけでもダメなのです』の「思い」と「力」、だから二人で1セット」なんでしょうね。
補完しあえる関係とでもいいましょうか。
でも実際のところキララクはセットでなければ結構無力なんですよね。
思いを語り歌うラクスと、思いを現実に引き寄せる力を持つキラ。
一方でただ思いを歌うだけで何も実現できないラクスと、大儀なく振るえばただの暴力となる力を持つキラ。
どちらかだけではダメで、だからこそ仰るように見事な対だと思います。
おかげで絶えず一緒で恋愛面でもラブラブしてもいられるのは、アスカガ好きとしては素直に羨ましいな~と(笑)。


片やアスカガは違うものを持ちつつも、同じものも持っているイーブンな関係のように思います。
キララクがどちらかが100で片や0といった完全分担制な雰囲気なのとは違い、アスカガは互いに50・50を持ち寄っているというか。
カガリが政治家であるにもかかわらずMSに乗ってしまうのは、夢や希望を語るだけではなく自ら動く彼女の生き方の象徴のような気がしますし、戦士であるアスランがただ戦うだけでは満足できず、現実的なアプローチをするための道を模索しようとするのもその現われかと。
『出来ること、望むこと、すべきこと』
望むことは同じでも、すべきことが違ったり、出来ることが違うアスカガは、そのため単独行動も有りとなってしまい、常に一緒にいてラブラブって訳にもいかず、そこがファンにしてみたら理解は出来てもちょっと不満(笑)。
常に向き合って見つめ合って揺るがないキララクのイメージとは違い、時には背中合わせで互いを預けあえたり、時には同じ方向を見て歩んでいたり、とアスカガはその時々で印象を変えるカップルなのだと思います。
(でも何故か恋愛面ではがっつり見つめ合っているイメージもあったりして、それは暁EDの影響でしょうかね(笑))。


確かに為政者としてカガリの方がラクスより多くの問題を抱えているのでしょうけど、本人ではなく環境の面を考えると全く逆のような気がしています。


見守る「天の女神」でありながら政治家となったラクスは、ある意味カガリより厳しいプレッシャーに曝されているように思うのです。
聡明で広い視野を持ち美しく慈悲とカリスマ性に溢れた『コーディネイター』のラクスがいる位置は、躓きながらも前を見て皆と共に歩んでいこうと歯を食いしばる泥臭い『ナチュラル』のカガリと違い、失敗が許されない環境なんじゃないかと。
いや、本当なら失敗してもいいはずなんですよ? だってプラントは民主制ですから。
失敗したら正せる次の人を選出するというのが民主制のメリットです。
しかしラクスを政治家の地位に据えた人たちは、ラクスが失敗するなんて考えていないし、ラクスも人間であり間違う可能性があるということを欠片も考えていないように見えます。
プラント住民はラクスに対して盲目的です。
カガリもよく「わけの分からない祭り上げられ方をされている」と言われますが、ラクスとはやはり趣が違います。
その辺は観念的な発言が多く人と一線を画すラクスと、感情的発言が多くいつも人の輪の中にいたがるカガリ、という二人の個性の差によるものなんでしょうけど。
しかし民主制であるにもかかわらず、現在のラクスの立ち位置には事実上のプラント盟主のような雰囲気があって、本来なら機能するべき民衆というストッパーが機能不全に陥っている気がします。
その点、カガリは君主制オーブの代表ですが、彼女にはいろんなストッパーが存在しています。
近しい人のアドバスや小言、反対意見であったり、シンのような存在からの批判であったり。
君主の立場にあるアスハ家の人間でありながら、たえず現場に下りてくるカガリには、その未熟さや個性から常に批判や反対意見に曝されやすく、また彼女自身がそういう周囲の声に素直(馬鹿正直)なので、結果的にそれがストッパーとしての機能を果たしているように思うのです。
しかし悲しいかな、ラクスには誰も声をかけてくれないんじゃないか、という危惧が私にはあったりします。
ラクスは良くも悪くも唯一無二で絶対で孤高です。
現状のカガリは慕われて支えられて上にいますが、対するラクスは崇められて依存されて上にいる人に見えるのです。
独裁者を生むのは民衆の依存心ではないかと思うのですが、ラクスの気持ちとは裏腹にその下地が出来ているようで心配です。
君主制でありながらストッパーが働いているオーブと、民主制でありながらストッパーが働いていないプラント。
どう考えても後者は歪ですし、だからこそラクスは逃げられない上に失敗できないプレッシャーという厳しい現実にいる気がします。


実は私はラクスの最大の敵は、ナチュラルでも連合でもブルコスでもロゴスでもザラ派でもデスティニープランでもなく、身内であるプラント住人のラクスへの依存心・信奉心なのではないかと思っています。
ファイナル+ラストで請われてプラント政界へ進出し、また周囲の暖かい目に見守られてキラとハグしたラクスですが、画面の爽やかさとは裏腹に前途はカガリ以上に多難そう。
ラクスがいつまでも「ラクス様の仰ることは良き事かな」でやっていくとは思えません。
ラクス様がいなければ何が正しいのか分からない、ラクス様が黒と言えば白いものも黒と信じる、といったプラントの世論風潮は彼女の本意ではありませんよね。
ラクスが望むのは「自分で考え自分で選び、動く」ことにより個人個人が自ら幸せを手に入れ、その個人の幸せの集合により世の中が平和であることではないかと思うのです。
しかしプラントは運命の間、ミーア演じるラクス様のお言葉を見事に信じきっていました。
そして二人のラクスが現れ、どちらを信じていいのか分からなくなった混乱を経ても尚、プラント住民はラクスに自分たちを導いて欲しいと請うている。
その依存心はラクスの理想に相反するものだと思うのです。
ラクスはプラント住民を自分から自立させる必要があるのではないでしょうか。
それが実現してこそ、ようやく彼女は導く政治家としての立場から、「天の女神」としての見守る立場に引くことが出来る様に思います。


しかしそれを一人でやり遂げるのは難しいことです。
イザークは有能な右腕にはなれるでしょうが、ラクスに率直な疑問や批判を投げかける立場に立てるでしょうか?
シンやルナにとってのラクスは未だに「ラクス様」でしかなく、実際のところは分かっていないでしょうし、メイリンは女性としてのラクスに接したことはありますが、でもそれだけです。
虎はオーブに残っているようだし、ラクスの側には彼女と対等に物を言い合える人が、実はあまりいない。
ただでさえラクスは人に一線引きがちなのに、その彼女に体当りで接してくれる人が全くいないんです。
唯一対等なのがキラですが、この二人は役割分担的関係ですし、そもそもキラの精神はどこまでも庶民でありミクロなので、マクロ的政治には不向きだし、精神的支えにはなれても、ラクスに政治的なアドバイスを与える存在になれるかは難しいところ。
一見『出来る子ラクス・出来ない子カガリ』のように言われますが(私も散々言ってきた一人ですが)、政治家ラクスの環境・個性にこそ、デュランダル的・クルーゼ的な存在が常に必要な気がします。
理詰めでラクスと対等に言い合える盟友がストッパーとして必要なのではないか、と。


ラクス(キララク)の試練は実はこれから、という気がします。
カガリ(アスカガ)はそれを運命で乗り越えてきましたが。
……とか言っておいて、映画ではそんなこと全くの無駄な心配だったりするのかもしれませんけど(笑)。


私は『何でも出来ちゃう(ように描かれちゃってる)キララク』より『出来ないことを頑張って乗り越えようとするアスカガ』に魅力を感じる人間ですが、映画でラクスがラクスであるが故の試練を乗り越えていこうとするエピソードがあったらいいな、と密かに期待していたりします。
今はやっぱり「すーぱーひろいん」過ぎて共感しにくく、かといって「あんな女性になりたい!」と純粋に憧れるには私は自分の限界を知ってしまっているし(笑)。
カガリにも常に様々な問題が降り注ぐのでしょうけど、でもカガリは強い子だし、ウズミ様の遺言どおり周囲の声を力に頑張っていくでしょうから、ハラハラするかもしれませんが心配はしていません。
心配なのはファンが満足する尺を与えてもらえるかなー、といった点だけです(笑)。

投稿: 椎名美久 | 2007年5月11日 (金) 22時38分

もう一度良く読み直したら、こんんばんはになってました・・・。
すみません、あらためまして、こんばんは。

ついでに補足ですが、私はカガリよりラクスの方が共感できるというか、理解できますね。
見ず知らずの人に自分ができる範囲で手を差し伸べても、わが身を省みずに手を差し伸べるようなお人よしじゃない所とか、人をすぐに信じないで試したりする所とか、とても人間臭い。上手いかどうかは別として、大概の人間は計算して行動しますからね。
その他、博愛の人ではない所、プライドが高い(意地っ張り)ので苦しみを素直に表に出せない所、女の情念が強そうな所など、ラクスは人間の陰の部分を普通に持って行動してるので、彼女の行動は理解しやすいです。普通の人がPCの所を、彼女はスパコン使って計算して行動してるようなものなので、スーパーに見えるけど、行動原理は人間臭い。
対して、カガリのようなお人好しで、計算しなくて、プライドもなくて、博愛精神溢れるような人間は、リアリティが薄くありませんか?
私にはカガリは人間臭さのない、アニメ的なデフォルメされたキャラに見えます。
私から見ると、カガリはこうなれたらいいなと思う部分はあれど、真似できないし行動原理が理解し難い、それ故に面白いキャラです。

ラクスとカガリという興味深い題材のため、初めての書き込みにも関わらず、長文を書き連ねてしまいましたが、ご返事はお気になさらずに。

投稿: XYZ | 2007年5月12日 (土) 04時55分

カノンさん、こんにちは。
ごぶさたしちゃってます。

実はまだカノンさんがこの記事を書かれたばかりで誰もコメントしてなかった時に読ませてもらったのですが、コメントすることを少し考えてからまた来よう~と一旦退散して、再び来てみると皆さんからたくさんの熱いコメントが入っているじゃないですか!!
どなたもそれぞれに頷ける部分のある素晴らしいコメントばかりで、カノンさんもいい意味でレスに苦労されるだろうなぁ~。なので私はちょっとだけ。(笑)

監督の「天の女神、地の女神」発言に私はかなり安堵したものです。DESTINYでラクスとカガリは最初からその意図で対比的に描かれていたんだな、と。
それはまさにカノンさんが仰ってるとおり、ラクスには出来てカガリには出来ないのではなく、描かれ方の違い、役割の違いということなのでしょう。
アスランとカガリはDESTINYでどん底を経験しましたから今後は苦労しつつも登っていくだけだと思いますが、キラとラクスは・・・・この二人、あまりにも最強でカリスマに描かれているのが共感を得られにくいところではないかなと思うのです。
もし劇場版において、ラクスがプラントの評議会で非常に苦悩する、苦労する、または孤立するといった試練を与えられるならば、キラとラクスの関係を「思い」と「力」で1セットだというように明確に描いてくれるならば、映画は非常に面白いものになると想像します。

いやでも、私にとってはアスカガがどう描かれるかが問題なんですけどね。(笑)
あと、私は最初からアスカガは背中合わせというより並んで同じ方向を見ているというイメージだったなぁ。DESTINYから最初に観たからでしょうか。

カノンさんの記事に刺激を受けて、私もまた少し考えてみようかなと思います。

投稿: 小波 | 2007年5月13日 (日) 12時33分

G.O.R.Nさん
こんばんは。お返事大変遅くなり申し訳ありませんでした。
m(_ _)m

>ラクスは自分自身が暴走する危険性を誰にも増して忌避しているのではないか

暴走ですか?私には今は暴走するラクスを想像できないし、暴走することは無いンじゃないかなぁと思います(劇場版でもやっぱりキララクが主でしょうから)けど、その可能性については、ありなのではないかなと思います。だから、ストッパーとしてのキラというのもナルホドと思いました。
仰るように「ラクスが一番怖いのは自分自身ではないか」と考えると、ただキラの側にいて平穏な暮らしがしたかったというだけでなく、一方ではきちんと備えをしておきながらもなるべく自分は出て行かないようにするというラクスの姿勢を裏付けられる気がしますね。


>オーブは政治形態として一種の君主制ですから、為政者のパートナーはプライベートに留まらず公的な意味も持ちます。

そうなんですよね。アスカガな人としましては、この辺かなり気になるところでして。(^_^.)
またユウナのようなキャラが出てきてもらっても正直困るので「カガリは彼女自身にとって能力が高すぎないゆえに現段階において、必ずしもパートナーを必要としないのではないかと考えます」と仰っていただけるのは、なんだかちょっと複雑ではありますが、まあ、今はメリットだと考えて、とりあえずはよかったかな~っと思ってます。(笑)
そして、人前で堂々と抱き合うことの出来る環境にあるラクスは素直にうらやましいと思います。

投稿: カノン | 2007年5月20日 (日) 23時12分

きりこさん
こんばんは。アスカガ愛にあふれるコメントありがとうございます。
お返事大変遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした。
m(_ _)m

>カガリは為政者としてラクスに比べると未熟だという記事が比較的多かったと記憶しています。でも、本来、あの二人は全くの別者で、ラクスにはラクスにしか出来ないやり方が、カガリにはカガリにしか出来ないやり方があるのだと思います。

そうですね。
今まで何度もキララク、アスカガの違いについて漠然と考えては来たんですけど、今回ラクスとカガリを「天の女神と地の女神」として改めて比べてみて、きりこさんのおっしゃるようにあの二人は全くの別者で、ラクスにはラクスにしか出来ないやり方が、カガリにはカガリにしか出来ないやり方があるのだということを自分の中でしっかり整理ができたような気がします。だから、感情としては色々と心のなかで渦巻くものもあるのですけど、少し離れた位置から冷静になって見守っていくべきなのかなと思ってます。(後は二次創作で補充)

>キラには何故ラクスが必要なのか?
二人の恋愛の過程がすっ飛ばされたこともあり、キラのほうから見てもなぜラクスが必要なのかはにわかりにくいですよね。でも、ラクスのほうから見てみると割に自然と納得できるような気がします。他の方からいただいたコメントを読んで私もなるほど~と思ったんですけど、ラクスのほうがよりキラを必要としているんでしょうね。
きりこさんの仰る「諸刃の剣」も同じようなことを多くの方が感じていらっしゃるんだなと思い、こちらのほうがいろいろ考えさせていただいて刺激を受けました。

>人目をはばからずのイチャイチャは勘弁してほしいですけど(笑)。見てるこっちが恥ずかしいので。

ええ、全くですね。(笑)
あれは私も見ていられませんよ。でも、「磁石のように互いを引き合うものであり、それは依存ではなく、もともと対であることが自然なこと」なのでしょうから、評議会に入ったラクスにとってキラが隣に来てくれることは本当に待ち望んだことで、あれは仕方の無いことなのかもしれませんね。(と言って自分を納得させる・・・)


>アスランの場合、カガリを失って壊れて・・・というパターンの話をよく見かけますが、私は、少なくとも運命終了時点でのアスランを見る限りでは、それは無いような気がします。

二次創作でもよく見かけましたし、ブログでも一時期心配されるご意見をよく見かけたものでしたよね。でも、私もきりこさんと同じでそれは無いと思います。
カガリの言葉もそうだと思いますが、アスランは自分の父親の最期も、その暴走の果てに新たに生んでしまったユニウスセブンの落下事件も、そして父親と同じく最後は暴走してしまったデュランダルの最期も、すべて現場に居合わせ自分の目で見てきています。だからアスランは彼らと同じ轍は踏まない、そう思います。

>アスランとカガリは、この先何年たってもその関係は大きくは変わらない気がします。いつでも、少し距離を置いてアスランがカガリを見守るような感じで。

私は劇場版もそんな感じで描かれるのかなと思っています。いや、本音は結婚して子でも生してくれればと思ってますよ。でも、それはありえないだろうなと思っているので、カガリの代表首長としてのしっかりとした成長を見せてほしいと思っています。自分からアスランに手を伸ばすだけの勇気を身につけたカガリを。
そして横でサポートしてるアスランを。そうすれば二人の未来に希望が持てて、後は勝手に妄想補完が出来るじゃないですか。(笑)

投稿: カノン | 2007年5月21日 (月) 00時42分

XYZさん
こんばんは。はじめまして。二度も書き込んでいただいてありがとうございます。
そして、お返事遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした。お気遣い痛み入ります。

>ラクスというのは月にある湖のこと

そうなんですね。カガリが太陽でラクスはどちらかと言えば「月」のイメージだなとは思っていました。そしてラクスの意味が「湖」だということ対してミーアが「海」だということは知っていたのですが、それが静と動の対比なのかな、などと考えつつも、「湖」という単語自体をラクス自身とどう結びつけていいのかよくわからなかったのですよね。ですから、XYZさんと同じようなご意見を他の方から頂いたこともあり、詳しく分かりやすく説明していただいて私のほうも興味深く拝見しました。
キラとアスランが躊躇する中、『戦ってよいのです』と言い切るラクスを見るとデュランダル議長のようになってしまう危険性というのも否定はできないんでしょうね。
DESTINYでは、ごく普通の自然な姿が描かれているのがキラと接しているときくらいだったというのを見ても、ストッパーとしてのキラの必要性に対しては頷けるなと思います。

>カガリの方はあっさり退いて(こういう動のタイプは状況が静に向かうと邪魔者扱いで殺されたり追放されたりすることも多いですけど)、どこかでいい人と家庭をもってパン屋をやるかもしれません。

パン屋ですか?(笑)アスカガ好きとしましては、早く後継者に出てきてもらって、家庭を持ってもらうのが希望なんですけれど実際どうなんでしょうかね。
彼女らの性格からいって、ラクスは安定すればいつでも退くつもりでいるような気がしますし、逆にカガリは代表という形ではなくなっても自分に出来ることがあれば喜んで携わろうとするような気がします。

XYZさんがカガリよりもラクスのほうが理解できるとおっしゃることもわかりますよ。
たしかにラクスはスーパーですけど人のエゴというものを見せてくれる、自分の欲望に忠実ですよね。
そして、カガリのあの裏表の無い真っ直ぐさや自分より他を優先する姿勢は真似できるものではないと私も思います。
でも、それでも、何でも出来ちゃって、スパッスパッと切り捨てていくあの描かれ方にどうしても共感できないのですよね。
カガリの場合はあの泥臭さがいいとでもいいましょうか。割り切れずに悩みもがく姿、できないけどそれでもがんばる姿に共感し応援したくなってしまうのですよ。

>劇場版ではラクスは相当苦労するのではないでしょうか。
他の方々も皆さんそのように思っていらっしゃるようですし、私もそう思います。
DESTINYではあまりにもスーパーに描かれてしまったので、苦労する姿を見せてくれたほうが面白いと思いますしそれを乗り越える姿を見せてほしいと思います。

こちらこそ興味深いお話をありがとうございました。
ラクスについては最近やっと興味が出てきた程度なので、まだまだいろいろと考えてみたいなと思います。

投稿: カノン | 2007年5月21日 (月) 00時50分

 シンプルに考えると、ラクスの場合無謬であると思われていることが一番つらいのだと思います。無謬というのは字のとおり誤りを犯さないことです。実際、ラクスがどう思っているかと無関係にラクスの言葉は拡大されます。それを最大限悪用したのがかのギルバート・デュランダルでしょう。実際、顔と声が似ているミーア・キャンベルを立てただけでたとえラクスの考えと全く矛盾しているとしても大衆を動員できたわけですから。扇動政治家としては全く一流です。
 それに比べるとカガリの場合、幸いにして無謬であると思われてはいません。戦時に際して兵の士気を高めることに関しては得手ですけれども。そういう意味ではカガリは本質的には戦術家であると思います。これは、カガリがMSの搭乗経験が豊富なのに対してラクスは事実上ないことに支持されると考えます。インフィニットジャスティスの輸送に際しての搭乗は搭乗のうちに入らないでしょう。ラクスの言葉を借りれば、まず決めるというのが戦略、そしてそれをやりとおす技術が戦術です。
 ただ、ラクスが無謬に思われ、カガリが無謬に思われないというのはオーブとプラントの政治システムを考えれば興味深いです。君主国であるオーブの場合君主、この場合カガリは無謬であると仮定されます。ところが、プラントの場合本来、無謬ではないと仮定されるはずです。指導者が誤りを犯さないと仮定できるのであれば本来、議会も選挙も必要ありませんから。
 そういう意味では状況がねじれているのではないかと思います。つまり悪い方に回ると、カガリは頼りないとみられ、ラクスは強引と見られると考えます。もちろん、良好に回るとカガリは開明的と見られ、ラクスは力強い指導者とみられると考えます。

投稿: G.O.R.N | 2007年5月22日 (火) 23時40分

刹那さん
こんばんは。はじめまして。
あかづきんさんのところでお会いしたというか、すれ違ったというか、でしたよね?
以前からこちらにもいらして下さっていたそうで、どうもありがとうございます。
コメントありがとうございました。初めて下さったコメントだというのにお返事がこんなに遅くなってしまいまして本当に申し訳ありませんでした。
m(_ _)m m(_ _)m

>客観的な視点のラクスそれに対して主観的な視点のカガリという位置づけの元にそれぞれのキャラの成長する姿(DESITNYでは特にアスラン・カガリ) を描きたかったんだな

私達は、アスカガと一緒に、主観的な視点で現実の激流の中を行ったんでしょうね。(それがごく普通の人の立ち位置だとは思うんですけど)
だから、一歩引いた客観的な視点のラクスの気持ちには寄り添えなかったのではないかなと思っています。
アスカガの恋愛についても、アスラン視点で見るかカガリ視点で見るかで結末の印象が随分変わってきますけど、3人の主人公でもそうですよね。
DESTINYは誰の視点に沿って物語を見ていくかで印象も感じ方も解釈も随分と変わってくるものだなと思っています。そういう造りになっているところが面白いのかもしれませんけど、失敗の原因のひとつでもあったのではないかなと、思っています。

>それでもラクスらしい政治の仕方、カガリらしい政治の仕方、そういうものを明確に映画では表現してくれたらいいな、と思っています。

そうですね。それは私も強く望んでいます。今まで「カガリ、ダメじゃん」と思っていた人たちにもラクスと対等だと思ってもらえるようなカ
ガリの成長した姿、カガリらしく奮闘している姿をしっかりと描いてほしいなと思っています。

ノマカプは本来見つめ合ってるのが普通なんでしょうけど、確かに見詰め合ってるのはキララクだけですよね。アスカガはお互いを見詰め合ってるだけではいられない、自分達の事は後回しでもいい、ほかにやるべき大事なことがあると二人とも思っちゃう。そして一生懸命に頑張っちゃうんですよ。だから時には背中あわせにもなってしまうんでしょうね。でも、刹那さんのおっしゃるようにそういうところが「アスカガの魅力」なのだと思いますよ。

>私は、一般的な通り、アスカガは背中合わせの関係だな、むしろ背中合わせでなければアスカガの関係って厳しいだろうな、と考えていました。DESTINY序盤、見つめ合ったことによってすれ違った2人が、DESTINY終了後、紆余曲折を経て、別の道を選んだ2人をみて、特にそういう風に感じていました。
見つめる先が違っても魂はつながっている、そんな感じなのかな、と。なので、カノンさんの見解を見て、新しいアスカガだ~、ととても新鮮に感じました。

「新しいアスカガ」、いいですね。(笑)私は今の二人は別の道を選んだとは思っていないんですね。距離をとっただけだという風に思っています。
SEEDのころは背中合わせだった印象が強いですよね。お互いを信頼し預け合える関係であっても立場が違うことによって見るものが違っていた。
でも、見つめる先を一時見失ったりしながらも、紆余曲折を経たDESTINY後は、
例えやれることは違っていても見つめる先は同じなのだということをしっかりと自覚できていると思うのですよ。
特にアスランのほうは。(確信してると思う)
だからこそ出てきた、「夢は同じだ」というセリフだと思うし、オ-ブ残留だと思うのです。
だから、その事を「新しいアスカガ」と言っていただけるのだったら、二人の関係が変わって新しい一歩を踏み出したってことなんでしょうから大いに結構ではないかと。(笑)

劇場版どう描かれるんでしょうね。最近私はネットに繋げられてないのでかなり乗り遅れてるようなんですけど、巷では「アスランinザフト」だとか、刹那さんが某所で仰ってた「カガリ暗殺説」だとかの噂が流れてるんですねぇ。
「それはないよ」と思いつつも、聞けばやっぱりそれなりにへこみますからねぇ。
多くを望まず、期待はせぬようにして「二人でがんばっている姿」さえ描いてくれればそれでいいとは思っていますけど…。どうなるんだ?(苦笑)

本当に激遅お返事で申し訳ありませんでした。
これに懲りずにまた遊びに来てやってくださいネ。

投稿: カノン | 2007年5月26日 (土) 21時43分

椎名美久 さん
こんばんは、はじめまして。

はじめて頂いたコメントでしたのに、お返事が遅くなってしまって大変申し訳ありませんでした。
m(_ _)m m(_ _)m
以前からお越し頂いていたそうで、また、沢山書き込んでくださってどうもありがとうございます。
椎名さんの深い洞察に大きく頷きつつ、うなりながら読ませていただきました。こちらのほうこそ脱帽しております。

>ラクスとカガリ、キラとアスラン、キララクとアスカガ。
ことごとく対照的で、でもどちらかだけでは物語に偏りが生じてしまう絶妙なバランスで共存している4人(2カップル)ですよね。

椎名さんの仰るとおり、詳しく見ていけば見ていくほどその対比は見事だし、本当に「絶妙なバランスで共存している4人(2カップル)」ですよね。
DESTINYではいつも叩かれている両澤さんですが、この人物設定に関してはほんとによく練られていて見事だと素直に思います。
そして、椎名さんが仰るように「キララクとアスカガはお互いに恋愛対象である以外にも、自分の生き方に絶妙に添える相手なんじゃないか」と、最近私も感じます。
二組とも、足りないところを補い合いつつもとっても似た者同士。価値観が同じであることはパートナーとしてはとても重要なことだとは思いますが、物事に対する考え方や、事にあたるときの取捨選択の仕方というか対応の仕方がキララクもアスカガも同じなんすよね。そしてアスランにはキラやラクスの考え方には同意できない部分がある。
だから、今の私にはアスランのオーブ残留は当然のことだと思えるんですよ。カガリのためにここにいるとか、カガリのそばにいたいからという意識ではなく、自分の居場所はここしかない、みたいな。

>アスカガは違うものを持ちつつも、同じものも持っているイーブンな関係のように思います。
キララクがどちらかが100で片や0といった完全分担制な雰囲気なのとは違い、アスカガは互いに50・50を持ち寄っているというか

完全分担制では無く単独行動も有り。だから一人でも大丈夫だけれど、二人ならばより強くいられる。この部分を読ませて頂いて、キララクが足し算なのに対してアスカガは掛け算なのかもしれないなと思いました。
『出来ること、望むこと、すべきこと』
このセリフ、私も大好きです。「望むこと」だけでなく「出来ること」も「すべきこと」も、二人の中には、この三つの事がきちんと等しく存在していて、どれもおろそかにすることが出来ないんだろうなと思います。だから、その為には自分達のことは後回し、そして単独行動もありになっちゃうんじゃないかと。
しかし、キララクのあのラブラブっぷりは素直にうらやましいですよね。ホント。理解は出来てもやっぱりどこか納得できないものがあります。(笑)特に39話なんか。頭の中ではわかっていてもアスカガ好きとしては直視は避けたい場面です。(笑)

>私は『何でも出来ちゃう(ように描かれちゃってる)キララク』より『出来ないことを頑張って乗り越えようとするアスカガ』に魅力を感じる人間です

そうですね。アスカガ好きはみんなそこに引かれるのですよね、きっと。

>為政者としてのラクスが抱える問題
ラクスについては私なんかよりもコメントを下さった方々のほうがはるかに深くいろんな角度から考えていらして、頂いたコメントにもうなづける部分が沢山ありました。
でも、他の方々がキラにストッパーとしての役割を求めているのに対し、椎名さんはそれだけでは足りないと思っていらっしゃるわけですよね。他にストッパーとなる人物が必要だと。
そして、自分のことを崇拝し依存するプラント国民から自分を自立させる必要があると。

私も、よくわからないなりに考えてみました。
で、思ったのですけど、ラクスらしい政治の仕方をと考えるならば、評議会内でもラクス本来の「見守る」立場を貫くべきなのかなと。
評議会にも国民にもラクスがそこにいるという安心感のみを与える。
だから、議長としてリーダーシップを取るのではなく、あくまでも他の議員の意見や合議の結果を尊重し、所謂顧問のように、迷って相談されたときのみ意見を述べ、これはまずいと思った時にのみ腰を上げる。
ラクスは、プラントを任せられる人材が出てくれば自分はいつでも退く用意があるのではないかと私は思っているのですが、最初から、そういうラクスの後継者となりストッパーとなり得る人材を見つけ育てるようなやり方をしたほうがよいのではないか、ラクスのストッパーを他に求める展開よりも、ラクスがストッパーである展開のほうがよりSEEDらしいのではないかな~と思ったのです。
まあ、実際それが許される状況なのかどうかはわかりませんが。。。

劇場版の主役はやはりキララクなのだと思っています。
だから、今度は彼らが試練を乗り越えていく番だと思いますが、実際どういう試練を与えられるのか、どうやって乗り越えていくのか楽しみにしていようと思っています。アスカガは、すべてのアスカガファンが満足する展開って果たして望めるのか?と考えるとNOだろうなと思うのですよね。だから、アスランがオーブに居て二人で頑張っていてくれさえすればそれでいいと今は思ってます。(笑)

お返事が遅くなり本当に申し訳ありませんでした。
椎名さんのブログの「三大主人公を語る」も興味深く読ませていただきましたよ。でも、じっくり腰を据えて読んでみたいと思ってるので今度またこっそりお邪魔させていただきますね。

投稿: カノン | 2007年5月26日 (土) 22時26分

小波さん
こんばんは。お返事遅くなってしまって大変申し訳ありません。
m(_ _)m
こちらこそご無沙汰しちゃってます。

最近ほんとに年のせいでしょうか、体がだるくてバテテまして(T_T)、おまけに旦那がPCにパスワードかけてくれてるので、なかなか思うように他の方のところにお邪魔できずにいます。

小波さんのご指摘どおり、今回のお返事、ほんとにいい意味で苦労いたしました~。
皆さん、私なんかよりもはるかに深い考えをお持ちなんですもん。
テンションの低い中、皆さんの熱いコメントに付いて行く為に一生懸命テンション上げたつもりなんですが、上げきれてないですね。
今回は、ラクス様のごとく見守っていただきましてどうもありがとうございました。(笑)

>監督の「天の女神、地の女神」発言に私はかなり安堵したものです。DESTINYでラクスとカガリは最初からその意図で対比的に描かれていたんだな、と。

ええ。そうですね。私も安心しました。「天の女神、地の女神」発言を見て初めて、ラクスとカガリは同列に並べるつもりで描いていたんだということが分かったので。でも、今までちゃんと考えてみたことがなかったので今回整理ができてよかったです。かなり時間はかかりましたけど。

>最初からアスカガは背中合わせというより並んで同じ方向を見ているというイメージだったなぁ。DESTINYから最初に観たからでしょうか。

うん、きっとそうですよ。(笑)二人の心情を追っていけば間違いなく同じ方向を見てると思いますけど、SEEDのあのガチンコの出会いは強烈ですし、ちまきさんも背中あわせのイラスト2枚描いてますし、みんながパッと思い出すアスカガのイメージとして背中合わせは一般的なんじゃないかなと思います。

劇場版、どうなることやらですね。変なうわさには惑わされないぞとは思いつつ、ウ~ン、「やっぱりアスランはプラントに戻った」とかいう情報が本当に出たりした日には、かなり落ち込むと思います。今の私の頭の中は、「アスランはオーブ。プラントには戻らない。」で確定なので。

>カノンさんの記事に刺激を受けて、私もまた少し考えてみようかなと
おっ!そうですか?
私も、テンション低いなりに考えてみたら、それなりに楽しかったですし、コメント頂いて刺激を受けましたよ。
こんなものでも、二次創作の執筆意欲に繋がるといいんですけど。

投稿: カノン | 2007年5月26日 (土) 22時57分

G.O.R.N さん
こんにちは。毎度毎度、お返事お待たせしてしまってどうもすいません。
こんな状態の私にいつも気長にお付き合いいただいて本当にありがとうございます。

G.O.R.N さんのご意見をなるほどと思いながら読ませて頂いている内にふと思ったのですが
>ラクスが一番怖いのは自分自身ではないか
>ラクスの場合無謬であると思われていることが一番つらいのだと思います

ということは、ラクスは自分自身のことや自分が一般の人々に与える影響についてよくわかっている、ということになりますよね。
だから、隠遁生活をしていた。でも、そのためにミーアというまったく関係のない一般人を犠牲にしてしまった訳で、その懺悔の念から、自分自身から逃げずに政治の舞台に出ることを決めたのであれば、ラクスはもう迷うことなく最後までやり通すのでしょうね。
そして、そう考えると、暴走する危険性を回避する方法や無謬であると思われていることにも彼女なりに対応策を考えているのではないでしょうか。
カガリのように「お飾り」の議長となり、ラクスの意見がと通らないという場合も考えてみたのですが
隠遁生活を送っていたときでさえあれだけのことが出来た訳ですから、例え評議会内で孤立しても
ダゴスタ君を中心に裏で動いてくれるクライン派はたくさんいそうな気がしますし、抜かり無く手は打っているのかもしれないなと思えてしまいます。(苦笑)

DESTINYのラクスが「間違えない」キャラとして確固とした描かれ方だったので、展開としては暴走したほうが面白いのかもしれませんが、監督はそういうラクスは描きそうにないなと思うのですよね。

>状況がねじれているのではないかと
そうですね。ねじれているんでしょうね。
この状況からどのように劇場版に移っていくのでしょうか。楽しみにしていたいと思います。


投稿: カノン | 2007年6月 8日 (金) 12時43分

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