« 三つの視点の物語 その1 | トップページ | 三大イベント? »

2007年8月12日 (日)

三つの視点の物語 その2

これは、監督夫妻の後付けインタから憶測するのではなく、私がこの作品を見て、振り返って感じる事なのですが、

3軸にする事で、見ている側に伝えたかった事。それは
『戦争の無い平和な世界にしたいという思いは同じはずなのに、立場や考え方、状況が違う事によって戦ってしまうという現実がある。それはとても悲しい事だ。』
という事なのではなかったのかと。

シンも、アスランも、キラも、議長だって戦争のない平和な世界にしたいという思いは同じでした。
でも、それまでの経験や考え方、立場や状況が違ったために、戦ってしまった。
アスランはキラとは思いが同じである事を知っていた。だから「俺達が戦うはずがない。キラは敵じゃない。なぜこんな事になってしまうんだ。」と悩んだ。
すべての人と会って話し、係わりを持ったのはアスランだけでしたが、アスランは気づくわけですよね。シンや議長とだって思いは同じ事を。
「夢は同じ。でも、みんなそのことを知らない。」
だから、もっと別の角度からも物が見られるようになれば、相手の立場に立って考え、相手の思いを知ることが出来るようになれば、もしかしたら何かが変わるかもしれない。わかり合えるかもしれない。

それから、製作者サイドは3軸にする事で、『今までキラがやってきた事を別の角度から見てもらいたい』と思ったのではないかなとも思うのです。
DESTINYはそのための問題提起。

キラの戦いの被害者であるシン。キラの戦い方を批難するアスラン。
今まで正しいと思っていた事を別の角度から見てみる事で視野が広がり、新たな事がわかったり、今まで気づかなかった事に気づく。
相手の立場に立ってみる。そして自分自身の事も問い直してみる。そうすれば何かが変わるかもしれない。そういうことを視聴者に考えて欲しかったのかな、そう思うのです。

しかし、実際にはキラは迷わない達観したキャラとして描かれ、フリーダムは最強で最後に議長を倒すのもキラ。
キラが正しいとは限らないとしがらも、この設定のためにどうしても正しく見えてしまう。
見ている方はまた混乱するわけですよね。いったい何が言いたいんだ!!と。

劇場版も、今の状況を素直に受け止めればキラとアスランの立場を入れ替えるように思えます。
もし本当にそうなるのであるならば、それもまた同じような意図で仕組んでいるのではないのかなと私は思うのです。
今までは、立場が違う事で敵対しても、アスランが陣営を移り共闘する事で最後は上手く収まっていた。
今度はもしかしたら、また三度戦う事になったとしても、最後にアスランが陣営を移る事なく(カガリのそばを離れてもらっちゃあ困ります)理解し合うことができる。だって、夢は同じなのだから。
そんな風になるのかしらと勝手に考えてみたりしているのですが。。。

三つの視点の物語  その1

夢は同じだ

|

« 三つの視点の物語 その1 | トップページ | 三大イベント? »

つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 私は SEED DESINY の物語は当初、企図されたものと実際に放送されたものではかなり違うのではないかと推測しています。なぜなら、第3話の会話が今の流れだと明らかに異分子だからです。
 第3話の冒頭でネオが今の世界は試作品のようなものと話しています。この会話からするとロゴスは当初はブルーコスモスの上部組織に留まらず、文字どおり「一つの組織は全てを統べ」という存在だったのではないかと思います。つまり、デュランダルもロゴスの下位にいたのではないかと。少なくとも、そう考えないとデュランダルがなぜロゴスを知っていたのかの説明がつきません。
 恐らく、当初のプランではロゴスが最終的な敵になり、その上で「歌姫の騎士団」とミネルバ組が共闘する構成だったと思います。ただ、何らかの理由で当初のプランがぽしゃり今の構成になったと思います。
 恐らく、スポンサーであるバンダイでしょうね。インパルスなどの売り上げはあまり良いものではなかったようですし、シンというキャラクターの支持も今一つでした。恐らく、シンが支持されないのを見てある程度、実績のあるキラ&アスランに乗り換えたのではないかとみています。

投稿: G.O.R.N | 2007年8月14日 (火) 12時38分

G.O.R.Nさん
こんばんは。
>第3話の会話
えっ?そんなの今まで全然気にも留めてませんでした。
と言うか、最初のころのネオのセリフなんてしっかり聴いてなかったです。
(と言う事で、チェックしてきました。)

なるほど、ここで言われているのは間違いなくロゴスのことですよね。

バンダイさんの意向で構成が変わったというご意見には私も同意です。
キラとラクスの人気はいまだに大した物ですし、カップルとなればアスカガだし。結局、新シリーズのキャラはこの4人を超える事が出来ませんでしたもんね。MSにしても、私の目から見たってフリーダムのほうがかっこいいです。

スポンサーと製作会社の関係って私が思っていたものとは全然違っていたので少々驚きました。
バンダイはサンライズの親会社なんですよね。
少し前のTV番組で言ってましたが、バンダイの昨年のガンダム関連の売上は545億円(うる覚えです)。この売上を今年は600億にするべくガンダムの新作を放送し、それに対応してガンプラとゲームを売り出す、と言う事だそうで。
作品の内容なんてのは、この計画の中のほんの小さな事なんだな~と思った次第です。


投稿: カノン | 2007年8月19日 (日) 00時01分

カノンさん、こんにちは。
「三つの視点の物語 その1 その2」を読ませて頂いて、すんごく考えさせられました。

それで、私なりに色々考えたのですが、上手くまとまらないので、断片的に。

まず思ったのは、監督がこだわったと言う
>『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』
これは、失敗だろう、と。
アニメは、画ですから、画だけで微妙な感情の動きを表現するのは、無理がある気がします。
少なくとも、私はよく理解できませんでした・・・・・


それから、『優しい気持ちの良いウソと、凄く嫌なイタイ真実、どっちがいいですか?』という問いかけについて。

何が「優しい気持ちの良いウソ」で何が「すごく嫌なイタイ真実」だったのでしょう?

デスティニープランを、「優しく気持ちがいい」と感じるかどうかは人それぞれとして、少なくとも「ウソ」ではないと思います。
遺伝子を管理すれば、戦争の無い世界が、本当に築けるのかもしれないのですから。

むしろ、「気持ちのいいウソ」とは、最強・無敵のキラと自分を重ねてしまう事で、「イタイ真実」は、自らで考える事を放棄し、周りに流され、ダークサイドへ落ちてしまったシンこそが、現実の自分だと言う事なのかな、と思いました。

>「DESTINY」の構図はシン、アスラン、キラの三軸だと監督は仰ってました。
そうなんですね!!
でも、だったら、ギルは? という疑問が生じますが、それは置いとくとして。

>(3軸にする事で)今まで正しいと思っていた事を別の角度から見てみる事で視野が広がり、新たな事がわかったり、今まで気づかなかった事に気づく。

なるほど!!と思いました。
だとしたら、キラは「達観したキャラ」ではなく、「信念を持ったキャラ」だったのかもしれませんね。

物事を別の角度から見ることで、違うものに見えてくる。
でも、どの角度から見るかで、結論が違うのなら、何が正しいか分からないじゃないか、ということになる。

ダークサイドのシンにもつながりますが、多様な価値を認める危うさは、多様な価値観の中で、自分を見失ってアナーキーになったり、価値を与えてくれる誰かに、盲目的に傾倒してしまう危険だと思うのです。(①の場合)
この代表が、シン。

世の中には、いろんな価値観があって、いろんな正義がある
         ↓
見方や立場によって、正義が変わる = 何が正しいか分からない 
         ↓          ①だったら、何だっていいじゃん。 
②自分にとっての正義をしっかり持とう!

そして、「何とどう戦わなければならなかったのか?」と、他人に問うばかりではなく、「自分にとって大事なものを認識し、何とどう戦うかではなく、何のために、何を守って戦うのか」をつかんだのが、アスランだったとしたら(②の場合)・・・・・・・・・・アスラン主役だ!!

では三軸のひとり、キラの立場は?
ある種の「象徴」なのかな、という気がします。
「自由」や「多様な価値が存在する世界」の。
それで、あんなに「仙人」みたいになったのなら、そりゃ保志さんも大変だった事でしょう(笑)。


ギルは、自由の敵として、あるいは、絶対的価値を一方的に押し付ける「悪」としては描かれなかった・・・と思います。
そうであったなら、物語としては、もっと分かり易いものになったのかもしれません。
でも、それじゃ「勧善懲悪」で、ガンダムではなくなってしまうんですかね?


ごめんなさい、何を言いたいかよく分からないですね。
勢いで書いてしまって・・・・・・・・
不愉快に感じられたら、ごめんなさい。

カノンさんのおかげで、デスティニーを考え直す事ができました。
どうもありがとうございます。

投稿: アサ子 | 2007年8月30日 (木) 14時42分

アサ子さん
こんばんは~。
コメントありがとうございます!!
DESTINYってほんとに、私もよくわからなくって。。。
作品の中にいろんなテーマを詰め込み過ぎなので、考えてても途中で分からなくなっちゃうんですよね。(笑)
テーマごとに切り取って考えないと、頭の中が全然整理できません。

私の記事をよんで色々考えて、コメントくださったんだな~と思って、こちらもとっても嬉しいです。不愉快だなんて全然思っていませんのでご心配なく。(^o^)
こちらこそ、お返事遅くなってしまってすいませんでした。

>監督がこだわったと言う
>『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』
これは、失敗だろう、と。

そうですね。
この演出。多分、わかった方のほうが少なかったのではないでしょうか。
例えわかったとしても、皆さん確信が欲しいのではないかなと思います。ラブシーンはセリフがない方がそれぞれに妄想たくましく好き勝手に想像できて良いのでしょうけれど、その他のシーンは、特にテーマがらみのところなんて「勝手に感じてください」では訳がわからなくて不安ですよね。
だから、ちゃんと活字でフォローしてくれた小説やジ・エッジのほうが評判いいのだと思います。

そして、監督も失敗だと認めていらっしゃるようですよ。雑誌インタで「伝わらなかった」って言ってらっしゃいましたから。
だから、スペエディでは分かりやすくするって言ってたはずだったんですけどね~。
セリフが少し変わっていただけで、あの演出方法はそのままだったと思うので、やっぱりかなりのこだわりがあるのではないかな~と思います。
それに2ヶ月ほど前のアニメディアのインタでも『状況からキャラの感情まで、何でもかんでもセリフで説明してしまうような事は、なるべくやらないように戒めています。』と仰っているので、劇場版でもきっとやめないと思いますよ、この演出方法。(^_^;)

>何が「優しい気持ちの良いウソ」で何が「すごく嫌なイタイ真実」だったのでしょう?

すいません。説明不足ですね。実は、この部分は両澤さんがインタの中で言われた言葉を抜き出して引用させてもらったものなんです。だから、私のこの記事だけ読んだ方には、監督や両澤さんの言ってる事ってちゃんと伝わらないのかもしれないなとは思っていました。

そうですね。確かに「ウソ」というのは語弊があるかもしれませんね。
私はこんな風に解釈しています。
シンにとって、議長とレイが言った事(働きかけ)が「優しい気持ちの良いウソ」で、アスランの言った事が「すごく嫌なイタイ真実」だと。
両澤さんは議長の事をこんな風にも言っています。
『優しく穏やかに、君の気持ちはよく判る、だから共に明るい明日を目指そう!なんて言ってくる。肯定してくれて、欲しい答えをくれて、敵を明確に示してくれる。』
でも、デスティニープランの負の部分については伏せたままで、導入の時点になって初めて全体がわかってきてシンは愕然とする訳でしょう?そして、その時にでもまだ、「反対するもの、役に立たなくなったものは切り捨てる」という部分については隠されたままでした。
負の部分を隠して良い事ばかりを言う事を「ウソ」と捉えればいいのかなと。

アスランは、インド洋での戦闘もステラを逃がしたことも、今シンがやっている事、それは違うんじゃないか?と言っていたし、脱走した時も一生懸命シンに真実を伝えようとしていたと思うんです。でも、それはシンにとっては嫌な認めたくない事だった。で、考える事を途中で止めて、切れてしまう。

ちょうどこの記事の内容についていろいろ考えている最中に、アサ子さんのダークライの記事を読ませていただきました。
だから、読みながら「ダークライってアスランに似てる」って思いました。アスランの場合は予言じゃないけど、一生懸命伝えてるのに、シンにはぜんぜん聴いてもらえなくって反対に墜とされちゃうし。言葉の選び方も悪いし。(~_~;)

>「気持ちのいいウソ」とは、最強・無敵のキラと自分を重ねてしまう事で、「イタイ真実」は、自らで考える事を放棄し、周りに流され、ダークサイドへ落ちてしまったシンこそが、現実の自分だと言う事なのかな、と思いました。

そういう捉え方も出来ると思いますよ。
シンは「現実」の私達だという考え方も出来ると思いますし、キラは「理想」という言い方はちょっと違うかもしれませんが、アサ子さんが仰るように、迷わない、ぶれない、流されない、シンとは真逆の「信念を持ったキャラ」であり「多様な価値が存在する世界の象徴のようなもの」だったんだと思います。


>「何とどう戦わなければならなかったのか?」と、他人に問うばかりではなく、
「自分にとって大事なものを認識し、何とどう戦うかではなく、何のために、何を守って
戦うのか」をつかんだのが、アスランだったとしたら・・・・・・・・・・アスラン主役だ!!

でしょう?(笑)
アサ子さんもそう思ってくれますか?
アスラン、しっかりつかんだと思うんですよ。これから自分が何をどうしたいのか。
でも、そういうアスランの成長の部分って、戦闘のどさくさとか、キラ強さ(揺るぎなさ)の陰に隠れちゃって、見ている側には伝わらなかったような気がします。(T_T)

>ギルは、自由の敵として、あるいは、絶対的価値を一方的に押し付ける「悪」としては描
かれなかった・・・と思います。
そうであったなら、物語としては、もっと分かり易いものになったのかもしれません。
でも、それじゃ「勧善懲悪」で、ガンダムではなくなってしまうんですかね?

私は、もしかしたらキラにとっては議長は「悪」だったのかもしれないなと思っています。キラはデスティニープランには絶対反対だと思うんです。だから、スペエディでは”物語としてわかりやすくする為に”本編より議長とレイを黒く描いて議長=「悪」をより強調して、その上で最後のキラ(ラクス)vs議長にしていたと思うんです。
キラ視点で見れば「勧善懲悪」だったのではないかなと私は思っています。


投稿: カノン | 2007年9月 3日 (月) 00時18分

 善悪というのは元々相対的なものだと私は考えています。少なくとも絶対善も絶対悪といったものは神話の中にしかないのではないかと。また、一見、全ての情報を持っていたかに見えるデュランダルにしても全ての情報を持っていたはずではないはずです。
 結局、状況判断においてはそういった限られた情報で判断するしかないわけです。自然、誤謬が紛れ込む余地が生まれます。その上で、何物も無謬ではいられないと思います。そんな中でレイは「議長は正しい」と思考停止してしまった。確か、作中でもそんなセリフを言っていたように思います。
 思考を停止することは怖いと私は思います。揺れて迷って躊躇ってそして出した結論はその者の真実でしょう。ただ、それが正しいことは全く保証されないというのもこの世界の真実ではないかと思います。ただ、それでも考えねば始りません。ただ、シンが考えていたかどうかはどうも保証できないんですが。キラやアスランは何かしら考えていたとは思えるんですけどね。

投稿: G.O.R.N | 2007年9月 4日 (火) 13時49分

こんにちわ、カノンさん。
やっと夏休みが終わり、時間もある程度自由になりました。
最初に記事を読ませていただいてから、私もいろいろ考えてはいたものの纏まらずに、こんなに遅いコメントになってしまいました。でも、実は今でも纏まったわけではないんです(汗;)。

まず、『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』ですが、DESTINYに関して言えばこれは失敗だったと私も思います。方針は賛同できるのですが、限度を越していた、と思います。視聴者の受け取り方が分かれるだけならまだしも、分からない、ということが多々あったと思いますし、結果、その後のストーリーの解釈にも支障をきたすようになってしまった傾向が強いと感じています。
だからこそ、スペエディをアスラン視点にして分かりやすくしたのでしょうけれど、一旦できた製作側の意図と視聴者との溝は思った以上に深かったと思います。

>「DESTINY」はアスランの成長物語
今となってはこれ以外に語れるものはないのではないかと(苦笑)。
カノンさんのおっしゃるように、私も最初はシンの成長物語だと思ってました。
アスランが序盤に出てきたのも、シンに対する兄貴的役割を果すのかな、と勝手に思い込んでましたし、ガルナハンあたりまではミネルバとAAの共闘を本気で信じてましたから。
最初から最期まで、全ての人と関わったのはアスランだけ。そして、具体的に何をつかんだかまでは描かれていませんが、明らかに何かを掴みふっきれたのも確かです。「諦めない」ということは、彼にとって大きな意味を持つでしょう。無印では、戦争を終わらせるために命をかけていたけれど、裏を返せば生きることには諦めていたアスランが、迷い惑わされ苦しみながら出した結論が「諦めない」ならば、大いに意味があると思うのです。「夢は同じだ」も同義で、確かにあれはカガリに対して発せられた言葉かもしれませんが、少なくともアスランがこれから先、自分の夢に向かって生きて戦うという意思を明確に示したわけですから、何かを掴み取ったと思ってもあながち間違いではないと思うのです。

その上で、3人が主軸と考えるならば・・・

・キラは、揺ぎ無い信念のもと、「僕は戦う」という決意を明確にした
・アスランは、過去に囚われ言葉に惑わされ、己の未熟さを知った上で自分自身とその行くべき道を見出した
・シンは、憎しみで戦うだけでは何も生み出さないことを知り、自分自身と向き合うためのスタートラインに立った

という形で結論付けられたような気がします。かなり強引ですけど。
ただ、これも、人それぞれ解釈が違うでしょうね。考え抜かれた『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』ですから(^^;)。

DESTINYにおいては、そもそも3人のスタートが違うのだと思います。キラは、既に無印の時に何かを悟り、アスランはまだ抜け出せないでいた、シンに至ってはゼロからのスタートで、だからこそ結果が違ってくるわけです。最終的にキラに照準が当てられたのであれば、キラの決意で終わるのも理解できますし、そうなれば、アスランとシンに関しては尻切れトンボであってもおかしくない、と。
シンの成長物語として終止符を打つならば、キラとの和解だけでなく、ステラを介したネオ(ムウ)とのことも乗り越えていかなければならないでしょうから、あと10話くらい必要だったのではないかと思ってしまいます。アスランに関しても、もう少し話数が必要かな、と。これがアスカガとなれば、更に新シリーズくらい必要になるでしょうね(笑)。

>『優しい気持ちの良いウソと、凄く嫌なイタイ真実、どっちがいいですか?』
脚本的には、議長の唱える説が『優しい気持ちの良いウソ』で、キラの望む世界が『凄く嫌なイタイ真実』という気がします。
が、見方を変えるとキラの存在そのものが『優しい気持ちの良いウソ』で、苦しみもがいたアスランやシンが『凄く嫌なイタイ真実』ともとれます。アスランが迷って間違える様などは、人にとって裏側の部分であり隠したい部分。シンにしても、ダークサイドまっしぐらな部分とか、見る側からすれば『イタイ真実』であり、できることなら自分自身目を背けたいような部分だと思います。
キラの場合、神様的に描かれてしまったことが原因だと思います。なんというか、存在自体が『嘘』のように思えるのです。
少なくとも、DESTINYそのものが、善悪を明確に定義づけたものではなく、むしろ「あなたはどう思いますか?考えてください」と問いかけた作品だったと思います。確かに、手段を問われると議長のとった手段は決して褒められるものではなかったと思います。ただもしかすると、キラやラクスの立場を正当化させるために議長が最終的にああいった作戦をとらせた、とも思えるのです。広げすぎて収拾がつかなくなったストーリーを終わらせるために。勧善懲悪でないとなると、どう終わらせるかが難しいところだと思うんですよね。
私のようにちょっと(かなり?)捻くれた人間は、何事にも揺るがない意思を持つキラやラクスの存在は、現実味がなく虚像のように感じてしまうのかもしれません。

で、何が言いたいかというと・・・・なんだろう?という感じで、SEEDに関して考えるとぐーるぐーると思考が勝手に回ってしまい、まるでDESTINYそのもののように自分の考えもまとまらなくなってしまうんです(T_T;)

3人を主人公にしたにも関わらず、登場した時のスタートラインが異なれば、トップでゴールした人に後ろからスタートした人が追い付くはずがありません。本編でキラのゴールイン(もしてないと思うけど)まで描いたなら、別の機会で二人のゴールをと思ってしまいます。でも、きっと、そんな機会は無いんでしょうね。劇場版が予定通りあったとしても、やはりキラを中心とした物語になるでしょうから。

久しぶりにコメント書いたくせに、こんな中途半端なモノになってしまい、ごめんなさい!!しかも長いし・・・。
そのうちまとまったら、自分のブログにでも書こうと思います。

投稿: きりこ | 2007年9月 5日 (水) 11時33分

G.O.R.Nさん
こんばんは。 
毎度お返事遅くてすいません。
コメント頂いてまた色々考えてたらグルグルハツカネズミになってました。^^;

>善悪というのは元々相対的なものだと私は考えています。少なくとも絶対善も絶対悪といったものは神話の中にしかないのではないか

そうですね。善悪とは相対的なもの、立場が変われば見方が変わる。人の数だけ正義はあるという事ですよね。
この事は、製作側もメッセージとしてこの作品に込めていたし、それを見てどう考えるのかは私達に任されていたと思うのですが、それでも、「デスティニープランはそんなに悪いものでもないんじゃない?」と視聴者が思っては困ると思ったのではないでしょうか。
たとえ、今の現実が辛く苦しいものだとしても、見ている人達にもキラの望む世界がいいと思ってもらわなくては、分達が一番伝えたかったテーマが伝わらないままで終わってしまう、それはまずい!!と思ったのではないのかなと。
それで、分かりやすくするためにスペエディではああいう風に変えちゃったんだと思うんですよ。

>思考を停止すること
今回、この記事を書いてみて、現実に私達日ごろよくやってるンじゃないかと、ふと振り返って思いました。
難しいから、分からないからと、何も考えずに流されているほうが楽ですもんね。
なるべく視野を広くする努力をしたいと思いました。(^_^)

>揺れて迷って躊躇ってそして出した結論はその者の真実でしょう
はい、そう思います。今回それを担当したのがアスランで、キラはすでに結論を出していたからあれだけ強かったと言う事なのでしょうね。シンはまだまだこれからだと思います。

投稿: カノン | 2007年9月 9日 (日) 23時04分

 『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』がわかりにくいのは多分、あちこちに矛盾点があるからだろうと思います。判り易いのは終盤のルナマリア・ホークの行動です。あの時点でメイリンはシンに殺されたことになっていたわけでルナマリアの行動としてはあの辺でシンを刺殺しても不合理ではありません。少なくとも、くっついちゃうのは変です。
 この辺は明らかに途中で当初の計画とは内容を変えたとみられます。結果的に当初のプラン通りに制作されたと思われる部分と矛盾を生じています。
 『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』というのは言葉の上では間違いなく正しいです。というのも全く逆のことをやってひどい結果を招いた事例があるからです。判り易いのは「ザ・サード」のアニメ版です。
 このアニメ版ではとにかく感情面をフォローするナレーションが多いです。というか、多すぎます。結果的に芝居を殺してしまっています。原作は非常に好きなんですが、この部分で原作の持ち味を完全に殺しています。他は丁寧な仕事なんですけどね。

投稿: G.O.R.N | 2007年9月10日 (月) 14時21分

きりこさん
こんばんは。
新学期になっていろいろと行事も目白押しですが、給食が始まったおかげで昼ご飯作らないでいいだけも楽ですね。(いけない母です・・・)

お返事大変遅くなりどうもすいませんでした。
正直なところ、コメント頂いて私もまたぐるぐるしてました。(笑)
お待たせした割にはまとまらないお返事になりそうです。

>『キャラクターの行動と感情だけで見せる演出』
やはり、DESTINY失敗(と勝手に決め付けていますが…^_^;)の最大の原因はこれでしょうかね~?

>その後のストーリーの解釈にも支障をきたすようになってしまった傾向が強いと感じています。
だからこそ、スペエディをアスラン視点にして分かりやすくしたのでしょうけれど、一旦できた製作側の意図と視聴者との溝は思った以上に深かったと思います。

アスカガに限ってだけでもそうですもんね~。
私だって、最後のほうの展開は何がいいたいのか全然わかりませんでした。
スペエディ4見て初めて「そうか!すべてはデスティニープランなんだ~」って思いました。
それから、インタとか読み返してみて、やっと作品の全体的な事まで考えてみようかという気になりました。
それ以前は、アスカガ以外の事を考えたって難しくって訳わかんないよ、位にしか思ってなくて興味もなかったですから。
キャラの心情が分からなかったが為に、多分、制作側が一番伝えたかった事さえも伝わらなかったんでしょうね。


>キラやラクスの立場を正当化させるために議長が最終的にああいった作戦をとらせた、とも思えるのです。広げすぎて収拾がつかなくなったストーリーを終わらせるために。

本編を見ていた当時はそういう意見をお持ちの方が多かったように思いますし、私もそう思ってたんですよ。
でも、今回この記事を書いて思ったんです。
議長は、デスティニープランは「人類の存亡をかけたプラン」だと言っていました。戦いを終わらせる方法はこれしかないという強い思いがあったんだと思います。その導入のため、キラと同様に強い信念の元、議長もすでに割り切っていたんだと思うんです。
「従わないもの、役に立たなくなった者は切り捨てる(死)」
ただその事をやさしい言葉で隠していただけ。
アスランが自分の命が狙われることになるまでその事に気づかなかったのと同じように、私達も議長はそういう事(レクイエムでアルザッヘルを撃ったりネオジェネシスを使ったり)はしないだろうと思っていたのではないでしょうか。
だから、何故急にこんな強引なやり方をするのか。何故今までと同じようにやらないのか。キラやラクスの立場を正当化させるための、広げすぎて収拾がつかなくなったストーリーを50話の中に収めるためのツジツマあわせなのか?そう思った。

でも、『優しい気持ちの良いウソ』なのです。
最初からデスティニープラン導入のための総仕上げとして、反対するもの、邪魔になるものを一掃して終わらせるつもりでいたと思うんです。そして、人々がその隠された意図に気づいたときにはもうすべて手遅れのはずだったんです。多分。
でも、キラやラクス、オーブの予想以上の抵抗(議長の誤算)でああいうことになった。
そういう事ではなかったのかと。

ここの解釈が違えば議長やデスティニープランに対する解釈もかわっってくると思うんです。
しかし、私達視聴者もシンと同じように隠された意図に気づかないまま「デスティニープランもそう悪くはないんじゃない?」と思ってしまった。
結果的に、制作側が意図した事は視聴者側には伝わらなかった。
きりこさんが仰るように「製作側の意図と視聴者との溝は思った以上に深かった」という事なのでしょう。

製作側が言いたかったのは『戦ってよい事、わるい事』でした。
確かにDESTINYは「あなたはどう思いますか?考えてください」と問いかけた作品だったと思いますが、見ている人達には議長ではなくキラの選んだ世界(変わっていける明日がある世界,選べる自由がある世界)がいいと思って欲しかった。だから、スペエディでは議長は黒だと印象付け、ラクスにはっきりと「戦ってよいのです」と言わせた。そう思うのです。

デスティニープランをどう捉えるかによってこの作品全体の解釈も全然変わってくるような気がします。

>「DESTINY」はアスランの成長物語
今となってはこれ以外に語れるものはないのではないかと(苦笑)

アスランスキーとしては、やっぱりそうですよね~。(笑)
でも、視点が違えば、結果は変わる。
キラ視点で見れば、アスランはヘタレでどうしようもない奴に見えるんでしょうね、きっと。
「いったい何がしたかったんだ~」だったんだろうと思います。

>何事にも揺るがない意思を持つキラやラクスの存在は、現実味がなく虚像のように感じてしまうのかもしれません

このあたりがキララク派、アスカガ派の分かれ目ですよね。(^_^)
この「虚像のようなキラ」も見方によって人それぞれ捉え方が変わってきて、分かりにくくなった原因の一つだったのかもしれないなと思います。

>DESTINYにおいては、そもそも3人のスタートが違うのだと思います。
>だからこそ結果が違ってくるわけです。最終的にキラに照準が当てられたのであれば、キラの決意で終わるのも理解できますし、そうなれば、アスランとシンに関しては尻切れトンボであってもおかしくない

きりこさんのこのご意見、この作品の3軸の説明としてとっても分かりやすいなと思いました。
アスカガは・・・ええ、確かに新シリーズくらい必要ですよね。(笑)
映画の2時間そこらでとても描き入れるものではない事は十分分かってますから、途中経過でいい、そう思ってます。(^_^;)

>別の機会で二人のゴールを
そうですね。劇場版がキラ中心の物語だとしても、その合間に二人のゴール、もしくは途中経過も入れ込んで描いて欲しいですね。やっぱりこの二人がどう成長しているのか、それも期待してみんな見に行くと思うんですよ。
SEEDも劇場版3部作ってダメなのでしょうか。それだったら待ってやってもいいよと思えるんですけどね~。

投稿: カノン | 2007年9月11日 (火) 00時09分

G.O.R.Nさん
こんばんは。

>終盤のルナマリア・ホークの行動

この部分、以前も仰ってましたよね。
私も当時は展開についていけなくて、その心情の変化も理解できませんでした。後から振り返ってみると
ルナはアスランとメイリンを討ったシンと会う前に、軍の上層部に呼ばれて取調べを受けているので、その時点で悪いのはメイリンでシンは軍の命令に従っただけだという認識になっていたのかなと思います。
そうなると、何故こんな事になったのかという怒りの矛先が、メイリンと一緒にいたアスランに向けられるという事までは分からなくはないんですが、その後すぐにくっついちゃうのは、いくらなんでもあんまりだろうと思って私も納得できてはいないんですけどね。
なんでそういう行動をとるの?って思う所がやっぱり幾つかありますねぇ。

>この辺は明らかに途中で当初の計画とは内容を変えたとみられます。結果的に当初のプラン通りに制作されたと思われる部分と矛盾を生じています。

先日はネオのセリフから、当初のラスボスは議長ではなくロゴスだったのだろうと仰っていました。
私もなるほどそうかもしれないと思いましたが、今回は具体的には?

>全く逆のことをやってひどい結果を招いた事例

そういう作品もあるのですね。
そういう失敗例を見て自分を戒めてると福田監督も仰ったのかもしれませんね。
何でも中庸が大事なんでしょうけど、その作品にあった丁度よさの見極めっていうのが案外難しいものなのかもしれませんね。

投稿: カノン | 2007年9月11日 (火) 23時46分

原則的にいえば、アニメーションは論文ではなく芝居ですから、芝居ですべてをやる必要があります。一般に、説明台詞、モノローグ、ナレーションなどは作品終盤の時間がなくなってきたときに多用されるのでその辺からも明らかです。従って、少ない方が望ましいですこういうものは。
当初の作品のつくりのヒントはDESTINY ASTRAY でしょうね。DESTINY ASTRAY を見ると一族なるものがロゴス、議長を利用しているつくりになっています。恐らく一族のあったところに当初ロゴスがあったのではないかとみています。

投稿: G.O.R.N | 2007年9月20日 (木) 13時01分

G.O.R.N さん
こんばんは。
お返事遅くなりました。
そうですね、まあ、やっぱりそうではあるんでしょうね。
でも、心情の変化が掴みにくかったのも事実だと思うのですよ。
芝居のどういうところを強調して見せるかによっても、受け取る方が理解できたりそうでなかったりするでしょうから、そういう部分にも問題があったのでしょうかねぇ。
私も、もう一回見返してみますかねぇ、DESTINY。(笑)

>DESTINY ASTRAY
ジャーナリストのジェスが主人公だったお話ですよね。
私、殆ど読んでないんですよ。
一族ですか?ロゴスと議長を利用?
今度、読む機会があったらチェックしますね。

投稿: カノン | 2007年9月23日 (日) 22時46分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 三つの視点の物語 その1 | トップページ | 三大イベント? »