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2009年12月の記事

2009年12月15日 (火)

「Reason」を見た

久しぶりにAMCの『Reason』を見てみました。

実は、今までじっくり見たことがなかったので
「あら、キスシーンは8話じゃなくってスぺエディバージョンだったんだ。」
なんて、今更ながらに気づいてみたり。。。

で、ふと思ったんです。

両澤さんの「勘違いの恋」の解説(?)記事の内容を映像に直すとAMCの『Reason』になるのかしら、と。

いや、唐突ですいません。

ず~っと放置状態のこのブログも、ありがたいことに「勘違いの恋」の記事は未だに読んでいただけていまして、この夏にDESTINYに嵌り私が書いた記事に共感してくださった、という方からコメントをいただき、しばらくメールのやり取りをしたりしてました。(うれしいですよね~。なんだかんだ言いながらも、放送終了から数年経ってからでも、ファンになってくださる方がいるんですから。)

また、最近、久しぶりにネット徘徊してみたら、昔の「勘違いの恋」関連の両澤さんの発言やそれに関するご意見などを拝見しまして、
「あら~、まだネット上で話題に上ったりしてるんだ~」なんて思いながら、改めて両澤さんのおっしゃった内容をじっくり読んでみたわけです。

そして、その後でAMCの『Reason』を見てみたところ

これらを交互に見てみたら、当時大騒ぎになった『勘違いの恋』という言葉の本当の意味、両澤さんが言いたかったことがよくわかるんじゃないかな、と思ったわけです。

『勘違いの恋』というこの言葉は、かなりインパクトがあって、一気に広まってしまったけれど、その後に行われた「どういう意味で使ったのか」という説明は同じようには伝わってないと思うのですよね。

両澤さんの真意を映像で、監督の立場から伝え直そうとしたのがAMCの『Reason』なのかしらと思ったのです。

AMCの『Reason』の中で描かれているのは、両澤さんの言うアスカガの『お互いの周辺や別の面や、いわゆる現実というものが現れてくる』部分なんですよね。

MCの最後のほう

「アスラン・ザラ、セイバー発進する」の映像に
『ありのまま出会えてた その奇跡 もう一度信じて』の歌詞
そして、エンディングでSEEDの24、31、43、48話の二人

この映像を見た後に

『その現実の激流の中を行って、 やはり揺るがなかったら本物、と言う事で「SEED DESTINY」ではそこを描きたかった』という両澤さんの言葉を聞けば、確かに二人にとって試練ではあるけれど、そこには《頑張れよ》というエールが込められていたんだなと思えるのです。

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